2008年08月16日

堀跡

浦添グスク堀跡
浦添城の前の碑付近にある堀跡。
グスクとしては珍しいです。  

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2008年07月25日

浦添城の前の碑

浦添城の前の碑
尚寧王はかつての居城だった浦添グスクと首里間の道を整備しました。
浦添城の前の碑はそれを記念しての石碑です。
沖縄戦で破壊されましたが、1999年に復元されました。  

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2008年07月12日

殿

浦添グスクの殿

殿。
標柱と説明板がありますが、目の前の木がそうなのか、上に見える東屋がそうなのか、それとも常設ではないのかはっきりしませんでした。  

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2008年07月07日

ディーグガマ

ディーグガマ
ディーグガマと呼ばれる浦添グスク内の御嶽。
渡嘉敷嶽との呼びます。
ちなみに「渡嘉敷」は浦添の古名だそうです。  

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2008年05月28日

城壁跡

城壁跡
グスク北側に面した城壁跡。  

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2008年05月16日

復元された城壁

復元された城壁
3月に帰省し久々に浦添グスクを訪れたら復元工事が行われていました。
以前見たときは底の黒い部分のみでしたが・・・  

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2006年12月01日

城壁の跡


城壁の跡です。

切石積みだったと思われますが残った高さは僅かです。
近くには最近作ったと思われる石積みも見受けられます。  

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2006年11月28日

グスク内


グスク内は結構広いと思われます。
全体は回りきれませんでしたので把握し切れていませんが・・・


中山の中心だったこのグスクも、察度王統を滅ぼした尚巴志の首里遷都の後は廃城になっていたのだそうです。

しかし第二尚氏の時代になり、尚真王の長子尚維衡が陰謀によりこのグスクに移され居城とします。
その後は尚寧王も王位に就くまでここを居城にしていたとされ、1609年の薩摩侵攻で一度は焼かれるも帰国した尚寧王が再建して再び居城とします。

尚寧王が浦添ようどれに弔うようにしたのは薩摩侵攻を許したこともあるのでしょうが、長く住んだこのグスクにいたいという気持ちがあったのかもしれません。  

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2006年11月22日

城壁跡


浦添城跡公園にある浦添グスク跡。
舜天・英祖・察度の三王統の元、中山の中心地として繁栄したといわれるグスクは
沖縄戦での砲撃で破壊され今はほとんど残っていません。

これらは発掘作業で辛うじて出てきたものでしょう。  

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